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深夜の塗装道具たち 〜語られざる職人の魂 第一章〜
時計の針が午前2時を回る頃、大越塗装の作業場は静寂に包まれる。
いつもなら、職人の手によって動き続ける道具たちも、今はそっと眠りについている。
……はずだった。
「おい、そろそろ始めようぜ。」
最初に口火を切ったのは、ベテランの刷毛・「龍毛(りゅうもう)」。
「まったくよ、今日もハードな一日だったぜ。」
それに応じたのは、塗料バケツの「バケじい」。
「そりゃそうじゃろう。わしなんか、何年この現場に立っとると思うんじゃ。塗料が乾く暇もないわい。」
「お前が塗料を溜め込むから、俺たちが働くんだろ。」
そう言って笑うのは、ローラーの「速塗(はやぬり)」。
「今日の現場は屋根だったな。」
「うむ。紫外線と風雨に耐える強い塗装を施すのが俺たちの仕事さ。」
「でもさあ……おれ、今日ちょっとムラできてなかった?」
刷毛の「龍毛」がポツリとつぶやく。
「確かに、最後の仕上げのとき、少し塗料が重かったな。」
バケじいが静かに答える。
「いや、大越の親方がちゃんとカバーしてたぜ。あいつはさ、どんなミスも見逃さねえんだよ。」
ローラーの速塗が続ける。
「俺たち、ただの道具だと思うか?親方の手が動かすたびに、塗られていく壁が輝きを増していく。それって、俺たちが親方と一緒に生きてる証拠だと思わねぇか?」
「……そうじゃな。わしらは職人とともにある。」
「俺たちがヘタれても、親方はすぐに手入れしてくれるしな。」
「ふん、だったらもっとしっかり働けよ、速塗。」
「おいおい、龍毛だってそろそろ毛が減ってきてんじゃねえのか?」
「お前ら、ちょっと静かにせんか。」
道具たちのやりとりを黙って聞いていたスプレーガンの「風神」が、低く静かに言った。
「明日も仕事だろ。そろそろ休もうぜ。親方はまた、朝早くから俺たちを必要としてる。」
道具たちは一斉に黙った。
「……だな。」
静寂が戻る。
そしてまた、朝日とともに彼らは親方の手に導かれ、新たな仕事に向かっていくのだった。
翌朝、大越親方はいつものように道具を手に取った。
しかし、ふとした違和感を覚えた。
「ん?なんだか、今日の道具はやけに馴染むな……。」
いつもと同じ刷毛、同じローラー、同じスプレーガンのはずなのに、手にしっくりとくる。
「……昨日より、使いやすくなってる?」
そんなはずはない。だが、確かに何かが違う。
まるで、道具たちが意志を持ち、親方の手に応えるように馴染んでくるのだ。
「まあ、気のせいかもしれねぇけど……なんかいい感じだな。」
親方はにやりと笑い、今日もまた、塗装の仕事へ向かうのだった。
知らず知らずのうちに、彼の手の中で道具たちは静かに誇りを持ち始めていた。
作業を進めながら、親方はふと自分がハニカミ笑いをしていることに気づいた。
「なんだろうな……妙に心地いい。」
いつもと同じ動作のはずなのに、手のひらを通じて伝わる温もりが違う気がする。
ふと、道具を見つめる。
「……お前ら、なんか、いい顔してるな。」
道具たちはもちろん何も答えない。
しかし、確かに淳介は感じていた。
今日の道具たちは、まるで昨日よりも誇らしげに輝いているように見えた。
仕事を終え、道具を片付けた後、淳介はふと空を見上げた。
「最近、仕事がやけにしっくりくる気がするな……。」
長年使い込んだ道具たち。手に馴染む感触はもちろんあるが、それだけではない。
まるで、道具たちが彼の思いを汲み取り、支えてくれているような気がする。
「……いや、まさかな。」
そう呟きながらも、心のどこかで確信していた。
この道具たちは、ただの道具じゃない。
共に働き、共に戦い、共に歩んできた大切な相棒なのだ。
淳介はそっと道具たちを撫で、翌日の準備を終えると、小さく笑った。
「明日も頼むぜ、お前ら。」
そして、月明かりの下、淳介は静かに用を足した。
つつく・・・